11日目・・ ― 2009/08/19 07:04
8/16日曜日
昨晩宿泊したソンバトヘイは、オーストリア国境に近く紀元前にローマ帝国によって築かれ、ハンガリーにオスマントルコが侵入して来た時に支配を逃れ、その後ハブスブルグ家によって再興された古代ローマ遺跡と中世の街並みを残す人口7万人程の地方都市です。
ここの人達は、ブダペストへ行くよりウィーンへ行く方が便利だそうです。
宿泊した3星ホテルは気持ちの良い清潔なホテルで、美味しいハンガリーレストランもあり、フロントの女性がレストランのオーダーも聞きに来たりする小さなホテルですが、昨日の牧場のゲストハウスと言い、Mr.ナジのベストチョイスだと思いました。
今日は、カークへその後国境を越えて中世の姿を残すオーストリアの城塞を見て再びハンガリーへ戻ってショプロンを訪ねてから、ブダペストへの帰途に着きました。車で約210Km3時間程でした。
国境の通過は、今はEUの一員となったハンガリーですから、自由に往来ができ検問所は建物を残すのみで人影はありませんでした。
ただ、通貨がユーロ圏となると突然に物が高くなるのを実感しました。
(写真は宿泊した3星ホテルです)
昨晩宿泊したソンバトヘイは、オーストリア国境に近く紀元前にローマ帝国によって築かれ、ハンガリーにオスマントルコが侵入して来た時に支配を逃れ、その後ハブスブルグ家によって再興された古代ローマ遺跡と中世の街並みを残す人口7万人程の地方都市です。
ここの人達は、ブダペストへ行くよりウィーンへ行く方が便利だそうです。
宿泊した3星ホテルは気持ちの良い清潔なホテルで、美味しいハンガリーレストランもあり、フロントの女性がレストランのオーダーも聞きに来たりする小さなホテルですが、昨日の牧場のゲストハウスと言い、Mr.ナジのベストチョイスだと思いました。
今日は、カークへその後国境を越えて中世の姿を残すオーストリアの城塞を見て再びハンガリーへ戻ってショプロンを訪ねてから、ブダペストへの帰途に着きました。車で約210Km3時間程でした。
国境の通過は、今はEUの一員となったハンガリーですから、自由に往来ができ検問所は建物を残すのみで人影はありませんでした。
ただ、通貨がユーロ圏となると突然に物が高くなるのを実感しました。
(写真は宿泊した3星ホテルです)
カーク・・ ― 2009/08/19 07:25
カークはワインの産地でしたが、100年ほど前にブドウの病気でワイン作りが壊滅した
地域ですが、その頃使用されていたブドウの貯蔵庫が数棟保存されているので、それを見に行きました。(M夫妻の研究テーマです・・)
20㎡程度の白壁ストロー葺きの貯蔵庫で、その場所に到着した時には、貯蔵庫には鍵がかかっていたのですが、私たちの話し声を聞きつけて鍵を持ったお婆さんが姿を現して各棟の鍵を開け始めました。1棟の内に古い木の机があり、お婆さんはそこに座って、そして400Fc/1人を払う様にと・・・。
せっかく鍵を開けてくれたので、各棟の内部を覗くと、1860年と掘られた大きな木製のブドウ絞り機や桶等が展示されていました。
地域ですが、その頃使用されていたブドウの貯蔵庫が数棟保存されているので、それを見に行きました。(M夫妻の研究テーマです・・)
20㎡程度の白壁ストロー葺きの貯蔵庫で、その場所に到着した時には、貯蔵庫には鍵がかかっていたのですが、私たちの話し声を聞きつけて鍵を持ったお婆さんが姿を現して各棟の鍵を開け始めました。1棟の内に古い木の机があり、お婆さんはそこに座って、そして400Fc/1人を払う様にと・・・。
せっかく鍵を開けてくれたので、各棟の内部を覗くと、1860年と掘られた大きな木製のブドウ絞り機や桶等が展示されていました。
中世の城内・・ ― 2009/08/19 07:32
暗い大きな部屋に長い大きな机・・・
この天井の下で・・
中世の騎士達が、ワイン片手にワイワイガヤガヤ・・・
想像して見てくだしい
この天井の下で・・
中世の騎士達が、ワイン片手にワイワイガヤガヤ・・・
想像して見てくだしい
お城の入口に・・ ― 2009/08/19 07:36
城門の潜ると、こんなものが入口にありました・・
Mノート ― 2009/08/19 07:45
エーデルの休暇・・ ― 2009/08/19 07:54
エーデルの写真が届きまた・・・
那須へお出かけ車中にて(?)
何をそんなに真剣に見てるの?
那須へお出かけ車中にて(?)
何をそんなに真剣に見てるの?
12日目・・・ ― 2009/08/19 18:23
自由の象徴・・ ― 2009/08/19 18:26
この丘には、ハブスブルグ家がハンガリーを支配し時にこの国の独立運動を監視するために造った要塞があり、そして第二次大戦後にソ連軍が自国の戦死者の為に建てた慰霊碑があります。
眼下のドナウ川はこの国の悲しい歴史や華やかな歴史を包み込んで、いつの時代も変わる事なく流れ続けているのだとの思いました。
今は市民の自由を見守る自由の象徴として立つ女性像の脚もとのプレートに書いてある言葉を、Mr.ナジが説明してくれました。
慰霊碑が建てられた時は、
「ブダペストの自由の為に、命を捧げたソ連軍の兵士の為に・・」
そして、共産主義から解放された今は、
「ブダペストの自由の為に、命を捧げたすべとの人の為に・・」
この説明に東欧の開放の歴史を身近に感じました・・・・・
眼下のドナウ川はこの国の悲しい歴史や華やかな歴史を包み込んで、いつの時代も変わる事なく流れ続けているのだとの思いました。
今は市民の自由を見守る自由の象徴として立つ女性像の脚もとのプレートに書いてある言葉を、Mr.ナジが説明してくれました。
慰霊碑が建てられた時は、
「ブダペストの自由の為に、命を捧げたソ連軍の兵士の為に・・」
そして、共産主義から解放された今は、
「ブダペストの自由の為に、命を捧げたすべとの人の為に・・」
この説明に東欧の開放の歴史を身近に感じました・・・・・
飛行機乗り・・ ― 2009/08/19 18:30
何に見える? ― 2009/08/19 18:31
何に見えますか?







最近のコメント